My Story

子供の頃から活字を読むのが大好きでした。

家の本棚にある文語体の「野菊の墓」や「韓非子」などジャンルもバラバラな本を

全部は理解できなくても無我夢中で読んでいました。

小学生の頃、無意識に会話の中に4文字熟語を使って

「それってどういう意味?」って聞かれていたことを思い出します(笑)

「将来公務員になりなさい」と言われて育ち、周りの期待に応えて公務員になりました。

配属されたのは、商店街の活性化、ブランディング事業、用地交渉など人と人の関わりが大事な部署ばかり。

この時に、個店のブランディングや県産品のブランディングなどに携わることで、初めてコンサルティング業界を知りました。

(当時、東京からコンサルタントを招聘していました)

「自分の能力を生かして人に喜ばれる仕事ってあるんだ!」と衝撃を受けましたが、

その時は私とは関係ない、縁遠い世界でした。

仕事をする上で、人と人との信頼関係がとても大事なことを学んだ年月でした。

その後、母が亡くなったことをきっかけに「限られた命なら、やりたいことを精一杯やって生きたい!」と決意。

東京で学びたいことがある、とプレゼンして研修に行かせてもらいました。

しかし、研修先のIT企業では全く何の役にも立たず…

「このままではいけない!」と危機感を抱きました。

一念発起して当時新設されたばかりの専門職大学院に進学し

政策についての学びを深める傍らで、ライティングの技術を身につけました。

私にライティングを教えてくれたのは、大手出版社の元編集者と新聞記者でした。

徹底して「中立的であること」「客観的であること」を学びました。

大学院では、食品安全、コミュニケーション、リスクコミュニケーション、政策の形成過程に市民が参加することでどんな意義があるのか…について学んだり、レポートや研究にまとめるために色んな方にインタビューをしました。

私の関心の中心にあったのは、いつも「コミュニケーション」でした。

卒業後、上京した私は

食品関係のインタビューや研究の経験を活かし、食品関連のコンサルティング会社に勤務。

しかし、この時、第一子を出産していた私は往復3時間かかる職場と保育園の往復で精一杯。

仕事も育児も中途半端でした。

頭がよく、仕事ができるワーキングマザーを見てはできない自分に落ち込みました。

その時、かつての母の姿を思い出したんです。

母は塾を二つ経営しながら、家庭教師をして家事も完璧でした。

朝・昼・夜と家族のご飯を作ってから家を出ていき、帰宅してから子供たちのプリントの添削をして

寝る時間を惜しんで働いていました。

母が亡くなった時、「どうしてこんなに女性って大変なんだろう?」って疑問が湧いたんです。

そのことを思い出した私は、

私はスーパーワーキングマザーを目指す必要はないと思ったんです。

もしかして、ライターだったら私にもできるかもしれない。

そう思ったのがフリーランスで仕事をするようになったきっかけでした。

最初は科学やビジネス系のフリーライターとして活動していましたが、

第二子出産後に自分とのずれを感じるようになり、女性の生き方や働き方、暮らしについて書きたいと思うようになりました。

そこで出会ったのがフリーライターの一田憲子さん。

一田さんがWebサイトを開設されて間もない頃に、お母さんが働くって、どういうこと?

という記事を連載させていただき、これを機に色んな女性のお話を伺いました。

それ以降、「暮らし」や「インテリア」についての記事を書くようになりました。

詳細は「過去のお仕事」から

「お母さんが働くって、どういうこと?」ではカメラマンも兼ねて記事を書いていたので、

もっと取材した女性を美しく撮りたいと思ってカメラを習い始めました。

私は文章で「伝えること」を始めましたが、文章では伝えきれない部分を伝えたくて写真を学び、

圧倒的に情報量が多い動画を習い始めました。

それからすぐに動画制作のオファーが来て、今に至ります。

ライターとして沢山の女性のお話を伺ってきた私が、

その人自身のストーリーを聞き出し、コアなメッセージを言語化する。

そして、ライターで培ってきた文章の構成の考え方を活かして、動画で”刺さる”構成に落とし込む。

それを、文章だけでもなく写真だけでもなく圧倒的に情報量の多い動画で、その人らしさを大切にしながら世界観を表現する。

丁寧に聞き取りながら制作した動画は

「お守りのような動画」「私の仕事の(見えない)価値を表現してくれる」「サービスを伝える時に迷いがなくなった」と好評いただいています。

私がインタビューにこだわっているのは、言語化が深まるから。

私自身も、動画を学ぶ過程で、5年前から3年前にかけて何度もインタビュー動画を撮影してもらいました。

何度も撮影してもらうことで、次第に言いたいこともまとまり、だんだん自分の姿がかわいく見えてきたんです。

「ああ、自分ってこんな感じなんだな」。

それはありのままの自分を受容し、自分の本音に従って生きることに繋がっていきました。

私が大切にしているのは、その人らしさから大きく外れない、その人らしさを大切にするということ。

ブランディングは外面的な「どう魅せるか」だけではありません。

もっと内面的でその人の本質的な魅力を伝えるものであり、想いに共感してくれるお客様との共通意識を育むものだと考えています。

それを、これからもお客様と一緒に作り上げていきたいのです。