一度きりの料理

料理

料理家 cayocoさんのお料理教室に参加してきました。

「風土」https://fuu-do.comのcayocoさんとは「ふたつの木」でランチ営業をされている時に知り合いました。

一口食べた瞬間、「こんなエネルギーのある料理、食べたことがない!」と

生産者から直接届けられた、力のある食材を活かした料理にノックアウトされた私。

cayocoさんはもうすぐ高知にお引越しされるそうなので、東京で最後になるお料理教室に駆け込んできました。

cayocoさんの食材に向き合う姿を見ておきたかったから。

cayocoさんは、2017年に「food letters」という企画で春夏秋冬、各地の生産者さんたちを巡る旅をしたそう。

その時出会った生産者さんの食材で料理を作り、その食材を保存食にして次の土地へとつないだそうです。

旅でどんな人たちや食材と出会い、何を感じて、どんな料理をしたのか「一度きりのレシピ」という1冊の本に纏めてあります。

その本を読んで、

作り手の思いをどんと受け止めて、自分の我を捨て食材と無心で向き合うcayocoさんの姿に感動し、ぜひ作っているところを見たいと思ったのです。

ご自宅で出迎えてくれたのは、

島根県雲南市で自給自足を営まれている妹尾さんの野菜たち。

どれもみずみずしく、大きい!生命力に溢れています。

出迎えてくれたのは、島根 雲南市で自給自足を営む妹尾さんの野菜。

お料理教室というと、レシピがあって、その通りに作っていくイメージでしたが…。

cayocoさんに「気になる野菜はどれ?」と訊かれて、気になる野菜を皆で一口食べて味わうのです。

それから、素材に合った調理法(蒸す、焼く、生のまま)を考え、合わせる調味料、味付けを吟味します。

例えば、「う〜ん、この茄子はみずみずしいから焼いて皮目を剥きマリネにしましょう」という風に。上からトマトのマリネをかけて色鮮やかにしました。

トマトのマリネが絶品!

正解のない料理。感覚が少しずつ研ぎ澄まされていきます。私は、どこかで正しいレシピを教えてもらいたい!と正解ばかり追い求めていたことに気付きました。

でも、本当はそんなのなくて、目の前にある素材を活かす調理法だけ考えていけばいいんですね…。

モロヘイヤとオクラのタタキ

「ネバネバしたものが食べたい!」というリクエストに応えていただき、

cayocoさん「モロヘイヤを叩いて何かに合わせる?じゃ、オクラも叩いて、、他には何が合うかなあ。調味料は何にする?」と相談しながら、少しずつ足していきます。結局、大葉とレモンオリーブオイルをプラスすることに。

香りをプラスすることで満足度が高まるので、塩分を増やさなくてもいいんだな、と思いました。

実は、この料理教室で一番感動したのがお米の研ぎ方。

cayocoさんは「お米も私」といいながら、手をあわせるようにして擦り合わせるのです。

丁寧に丁寧に。お米がビックリしないように。洗った後は吸水させず、しばらく乾燥させてから炊くのがポイントだそうです。

その姿を見て、こんな事を考えました。

自分と相対するものに境界線を作らないということ。

何でも 「〇〇も私」に置き換えてみるといい。

あなたも私。

全て向かい合うものは、私の一部で、私の反映でしかない。

対峙するものと一体化し、身を委ねる心地よさ。

この日以来、我が家ではお米が”合掌洗い”になりました(笑)

お米は丁寧に洗って浸水すれば美味しくなるのは間違いないのですが、なんだか、本当に美味しくなるのです。

命そのものを活かし大切にいただくということを改めて考えさせられました。

cayocoさんの食べ物に向き合う姿勢が尊く、ひたすら優しい。

こんな風に扱われたら、食べ物だって、もう美味しくなるしかない。 

cayocoさんのお料理している姿は
永遠に私の宝物になるに違いありません。

この日作った料理は二度と作れないでしょう。その日居合わせた人たち、野菜、天候、気分。全て同じものは一つとしてないから。再現できなくても、その時の空気感や調理法を決めていく感覚を辿ればいい。こんな教室初めてです。

一度きりの料理だな、と思いました。

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